本物を追求する人々

2015.01.30 Update

衣服の本質は 心・体・魂 を調和させること。

「うさとの服」デザイナー  さとううさぶろう 氏

人間が自然と共生しなければ、この先、地球は継続できません。
自分には何ができるんだろうと探求し、
この服にたどり着いたのです。

私たちが生きるためのベースである「衣食住」。衣服のルーツをたどると、布には暑さや寒さから体を守るだけでなく、邪悪なものから心身を守る、魂を癒やすといった「祈る心」が込められていたことがわかりました。
また、昔の人が草の根や木の皮で布を染めていたのは、植物にさまざまな薬効があると知っていたからです。薬を飲むことを「服用」、身につけて効く薬を「外用薬」と呼びますが、衣服は、もともと布に染められた草木の薬効を皮膚に吸収させ、病を癒やすものだったのでしょう。
しかし、いつしか「安ければ何でもいい」というように、大量生産の波にのみこまれ、化学繊維や化学染料が当たり前に使われるようになりました。そうした衣服は汗を吸いにくく、皮膚呼吸もうまくいきません。すると、徐々に心身のバランスも崩れてくる。それはなぜかと言えば、衣服の本質が本来の姿からどんどん遊離しているからにほかなりません。
文明の発達した国に住んでいる人ほどその影響を受けていると思います。ところが、自然な状態から離れていることに本人たちは気づいていないのです。そこに大きな問題があります。

23年前、あるきっかけから、今の物質中心、経済中心の世の中ではいけない。人と自然が共生していかなければ地球は継続できないと思うようになりました。それまでの私は、欧州で上流層を相手にオートクチュールのデザインをしていましたが、それらの服にまったく魅力を感じなくなってしまったのです。
その後の約4年間、自分が何をするべきか、「服の本質」とは何かについて考え続けた結果、「人間は自然の一部である」と自覚できる「服」を身にまとうことによって、心身の調和が図れるという答えにたどり着きました。
そして、体に良い、エネルギーの高い布を求めて世界中を旅し、ようやくタイのチェンマイで、その布に出合うことができました。その布でつくった服を、私は、「いのちの服」と呼んでいます。
目をつけたのは、綿、シルク、大麻(ヘンプ)です。どれも通気性に優れ、夏涼しく、冬温かく、肌に優しい。ちなみに、大麻は日本では悪いものを寄せ付けないと考えられていて、神社や皇室では昔から神事に大麻の着物を着ています。布づくりは綿や蚕を育てるところから、糸を紡ぎ、染織、縫製まですべてをタイの村の人が手作業で行っています。
仕事をする上で大切にしているのは、彼らのペースを乱さないこと。納期はもちろん、織りも染めも私からは細かい注文を出さず、効率よりも気持ちよく仕事をしてもらうことを最優先にしています。ただし、夜空を見に行ったり、田んぼを眺めたりして、いつもとは別の視点で自然を見て、イメージをふくらませてもらう時間をつくっています。そうして出来上がった布は、大きさも織目も色も多種多彩。でも、私にとってはすべてが宝物です。
出来上がった布はなるべくハサミも入れたくなかったので、折り紙のように考え、パンツなどはムササビのような形をしたものもあります。今の服はデザイン優先で、体の自由を妨げたり、内臓を締めつけたりしがちですが、それとは対極の、体に無理のない、優しく包み込むような形を目指しています。また、そういうデザインには流行りすたりがありません。ずっと継続して販売できるので、うちには不良在庫もありません。どこにも無理がない服づくりなのです。
さらに「うさとの服が好き」と言う全国80人以上のコーディネーターさんが、自ら展示会を組んで、作り手の想いごと手渡しで売ってくださる。この動きは、今、世界にも広がりつつあります。

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その日暮らしに終止符。織物生産が村を変えた

 

現在は、一人の織手に対して紡ぎ手が5人。きちんと数えたことはありませんが、織手だけで500人以上はいると思いますので、2500人以上、全部で16の村の人々が「うさとの服」づくりにかかわってくれています。
この活動は今年で18年目。村自体にも大きな変化がありました。もともと彼らはその日が無事に暮らせればいいという考え方で、お金を貯めるという感覚がありませんでした。ところが、今は一定収入があるので、5年先、10年先が見通せるようになってきた。子どもの教育に目を向けたり、自分の家を建てたりする人も増えてきました。
また、私の経営パートナーが共同体のしくみを教えたことで、共同体貯金も始まりました。貯蓄があれば、みんなが安心して次の目標を立てることができます。また、一人ひとりが楽しみながら、個性豊かな布をつくり、経済も上向くとなれば、若い世代もこの仕事をやりたくなります。そうやって世代交代しながらこの布づくりが継続し、少しずつでも進化していくのが望みです。

もちろん文化の違う国の人同士ですから、時にはトラブルも起こります。しかし、この世に必要なものには、必ず天のサポートがあると信じて、この先も村の人たちとともに「いのちの服」をつくっていくつもりです。

「うさとの服」を着た多くの方が、「体全体が優しく包まれている感覚がある」と言ってくださいます。布だけでなく、ボタンに至るまで天然素材、天然染めであるのはもちろん、一般的な服に使われる化学のりなども一切使用していません。最終的にはすべて土に還る素材しか使っていないので、大地のエネルギーに覆われているような感覚になるのではないでしょうか。
特徴の一つとしては、アトピー性皮膚炎の方が「うさとの服」を着ると、症状が改善する傾向があります。いくら「天然素材」と謳っても、一部化学のりを使うだけでも肌に刺激を受けるため、アトピーの方にはすぐにわかってしまいます。化学物質過敏症やアレルギー体質の人は、体が先に気づいて教えてくれるのです。実際に、「うさとの服しか着られない」という方は多いです。
また、「体や呼吸が楽になる」と言う方もいらっしゃいます。化学繊維や化学染料に慣らされると、皮膚感覚や体の機能が失われ、発汗作用などがおかしくなってきます。たとえば、体が寒いと感じれば毛穴を引き締め、暑ければ開いて汗を出す。そうやって体温を一定に保とうとする恒常性機能が働きにくくなるのです。
しかし、自然から離れれば離れるほど体が鈍感になってしまうのは、当然と言えば当然のことかもしれません。私は医者ではありませんが、みなさんの感想や私自身の実感から、「いのちの服」は、体が本来持っている機能をサポートしてくれる服ではないかと思っています。

冒頭、衣服は心身を守るだけでなく、魂を癒やすものだとお話ししましたが、今は体だけで生きている人が多いように思います。もしも、地球上に住むすべての人々の体・心・魂がバランスよく調和していれば、地球はこれほど環境汚染にさらされることも、人間同士で騙し合い、自分の利益だけをむさぼることもないのではないでしょうか。もちろん、衣服だけが問題なのではなく、床や壁、家具、カーテン、カーペット、殺虫剤など、私たちのまわりには化学物質があふれています。それらが与える健康、精神への影響は計り知れません。
私の場合は、「うさとの服」を通して、まとった人に自分が自然の一部であることを感じられるように、命の塊のような衣服で自然の息吹と愛を伝えていけたらと思っています。先ほどの、「体や呼吸が楽になる」と感じた人は、皮膚が自然に呼吸を始めることで体が自由に解放され、心にも穏やかなものが広がったのではないでしょうか。自然を守りたい、自然と共生していきたいと願う人が増えるほど、未来の地球は明るくなります。
そこに気づいた人は、内面から輝きだすように感じます。また、そういう人は仲間の存在を頼もしく思うようです。「うさと」の展示会は面白くて、お客様同士で販売し合うんです(笑)。普通、同じブランドの服を着た人を見かけると、すれ違ってもあまりいい気持ちはしないものですが、うちの服は、会うとお互いに親近感がわいて、すぐに友達になってしまうのです。自然と同じ志を持つ人たちの輪がつくられていくのも、「うさとの服」の特徴と言えるでしょう。
だからと言って、「この服を着てください」というつもりもありません。きっかけは何でもいいのです。「自分たちが自然の一部であることを自覚して、自然と共生する」という同じ山の頂上に登れば、地球という私たちの大事な住処を失うことはないのですから。住環境でも、食べ物でも、入りやすいものをツールにしてもらえばいいと思います。

自分が自然の一部だという意識になれたとき、人は、真実の愛に目覚め、本当の自分を生きることができる。想いは寄り添い、紡がれ、一本の糸となって私たちを結びます。