本物を追求する人々

2015.02.04 Update

命を生かされて辿り着いた場所

障がい福祉サービス事業ゆり庵株式会社/ 代表 石崎道裕

1956年、北海道小樽市生まれ。
貧乏と複雑な家庭環境に育ち、中学生の頃から自殺願望を持つが、
やがて「自分の人生は与えられたものだ」と思いを改める。
2013年4月、縁あって障がい者福祉の活動を開始。
繁盛ラーメン店を休業し、ケアホーム「うたしの家」を立ち上げた。

 

死ねないことには、きっと意味がある……

私は北海道の小さな漁村で生まれました。家は貧乏で、漁師だった父親は酒を飲んでは暴れ、家族は近所から村八分の状態。私も周囲の子どもたちからいつもいじめられました。
中学一年の時です。父親が突然亡くなり、その葬儀に現れた女性が自分の生みの母親だと知らされました。ずっと父母と思っていたのは私の祖父母で、「お前は母親に捨てられたんだ」と告げられたのです。受け入れ難い現実に泣きました。
祖父の死から一週間、私は祖父に代わって漁に出るようになりました。不慣れな仕事で叔父に殴られ、学校にもだんだん行かなくなりました。この頃から、私は死ぬことばかりを考えるようになったのです。
漁に出たある日、天気の急変で海が時化て、甲板にいた私は海に投げ出されてしまいました。真っ暗な海にのみ込まれていきながら、「来るべき時が来た。このまま自分は天国に行くのか」という思いがふっと頭によぎった時、船からロープが飛んできて、バーンと私の顔をひっぱたいたのです。
私は無意識のうちにロープをつかんでいました。あんなに死のうと思っていたのに、なぜロープに手を伸ばしたのか。
なぜ、死ねないのだろう。何度も思いを巡らせ、自分なりに出した答えは、「この命は何かのために生かされたのだ」というものでした。

 

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不思議な縁に導かれて障がい者福祉事業に挑戦

漁師をやめた後、成功も失敗も経験しました。何度か命の危機にもさらされましたが、やはり、私は死ぬことができなかった。それどころか、こうした経験を積んだおかげで、人生を前向きに捉えられるようになっていったのです。
そして、北海道千歳市で「らーめん みのり」の店主としてラーメンを作るようになりました。商売はとても順調で、妻と二人幸せに過ごしていましたが、いつしか心のどこかに「このままでいいのか」という思いが頭をもたげてくるようになった。
そんな時、運命的に出会ったのが、千葉で障がい者福祉に取り組んでいた合田義範さんでした。合田さんは前から私のことを知っておられ、わざわざ千葉からラーメンを食べに来てくださったのです。会話の中で、私が自分の思いを口にすると、合田さんは、「大将、ケアホームをやってみたら?」と薦めてくれました。
その直後、私は彼の運営する施設を見学にでかけました。障がい者の方と触れ合うと、心が落ち着き、素直になれる自分がいました。このとき、私は、北海道で障がい者福祉に挑戦しようと決めたのです。事業所開設を合田さんたちのサポートで乗り切り、今年の4月に障がい福祉サービス事業「ゆり庵」をスタート。少し離れた一軒家で、第一号のケアホームも始めました。名前は、うれしい、楽しい、幸せの頭文字をとって「うたしの家」としました。
現在は5名の入居者がいらっしゃいますが、彼らは面白いほど個性豊かです。仲間同士や気遣いや思いやりからたくさんの愛を頂いていると実感しています。

 

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愛と優しさのある行動がもたらした新たな奇跡

一般的に、障がい者の方が作業して手にする賃金は、月々三千円から一万円程度。これでは生活ができるわけがありません。そこで、私たちは既存の仕事を探すのではなく、きちんと収入を得られる仕事を創出しようと考えました。そう決意して事業計画を描き始めると、私たちを応援してくれる人が次々と現れました。
まず、黒千石大豆の協同組合の皆さん。栽培した豆を加工用に選り分ける作業を委託してくれ、加工品の販売も許可してくださいました。
また、あるリサイクル会社の会長は100坪の工場を、仕事付きで寄付すると申し出てくださいました。「神様が宿る家」を提唱しておられる澤田升男さんも、私たちを激励してくださいました。ご自分の信念を徹底的に貫くとんでもなくすごい方で、その姿勢に触れる度に、私もより真剣に生きなければと背筋が伸びる思いがします。
実は、「神様が宿る家」のケアホームも、私たちの実現したい夢の一つなんです。この分ならいつかきっと実現できる。そう信じています。

 

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ゆり庵 株式会社
〒066-0064 北海道千歳市錦町4丁目16-3
TEL 0123-26-7111 FAX 0123-29-7800

http://yurian.me