本物を追求する人々

2015.02.03 Update

両腕を失ってみえてきたもの

義手の詩画家 大野勝彦

1944年、熊本県生まれ。高校卒業後、実家の農家(ハウ
ス園芸)を営む。45歳のとき、機械の作業中に手を巻き
込まれ両腕を切断。直後から“湧き出る生”への思いを詩
や水墨画に表現し始める。制作活動の傍ら全国で講演を
行う。感動を呼ぶ講演回数は延べ4000回を超える。

 

両腕切断の事故生か死か、突然の選択

45歳までは手があったんです。
機械の心棒についていたゴミを取ろうと右手を伸ばして、そのまま手が巻き込まれ、右手を助けに行った左手も巻き込まれ、さっきまで普通に仕事をしていたのに、「死か」「手を切って助かるか」の2つの選択肢しかなくなってしまいました。突然の試練に、深く考える時間はありません。子どもの顔が浮かび、とっさに「死なれん」と思った私は、自分の意思で手を引きちぎりました。
しかし、出血がひどく、そのままだったら死んでいたでしょう。命拾いしたのは、いつもは部活で遅い中学3年の息子がたまたま早く帰ってきたからです。私の両腕を高く持ち上げ、救急車がくるまで、「父ちゃん、がんばらないかんよ!」と声を掛け続けてくれました。手術は7時間におよびました。骨が粉々で、ちぎれた手をつなげることはできなかったそうです。火葬場の慰霊塔で、「お前の分まで生きる」と、亡骸となった両手に向かって、心の中で手を合わせました。詩画を描き始めたのはそれからです。

 

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両手を切らないとわからなかったやさしさ

それまでの私は詩や絵を描くような人間ではありませんでした。体が大きく、「鉄人28号」とあだ名をつけられるほど力が強くて、「仕事ができなきゃ男じゃない」と思っていました。威厳を保つために、家の中では笑ったこともない。「ありがとう」も、人にものを頼んだこともない。ケガをする前はやさしさのある世界にいなかったのです。
ところが、両手がなくなったら誰かの世話になる以外ありません。私のために、家族や友達が毎日病院に来てくれて、頼まなくてもいろんなことをしてくれました。しかし、こういう体になってしまった事実に対しては、「来るなら来い!」という気持ちはあ
りましたが、やさしさに対しては、慣れないもんだから、みんなも見返りを求めているはずだと思っていました。だから、素直に「ありがとう」が言えずにいた。
みんなのやさしさが無償のものだとわかったのは、自分の立場が変わり、動けない体になって、相手の思いや立場がよく見える位置にいるようになったからです。何もできないと思っていた3人の子どもたちが、病室では明るく振る舞い、廊下では泣いていた
ことも知りました。
このやさしさは何なんだ? その裏側に気づき始めたら、今までと配役が違うわけじゃないのに、家族も友達も、全部違う人に見えるようになっていったんです。そんなとき、子どもたちから手紙をもらいました。
「今度の事故でわかったこと。お父さんは強い人です。お父さんはなくてはならない人です。お父さんは尊敬できる人です」。
それを読んで、生まれて初めて胸が熱くなりました。宝物は何ですか? と誰かに聞かれたら、間違いなくその手紙です。手がなくなってよかったと言うと極端だけど、事故に遭って、人間にとってもっとも大切なものを教えられました。
もっと早く手をなくせばよかったと思っています。

 

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自分から動けば言い訳なしの人生になる

しかし、自分は人のやさしさを受け入れたつもりでも、顔が怒っていては相手に伝わりません。それから私は、笑顔の稽古を始めました。みんなに私のことを「死なんでよかった」と思ってもらいたい。そのために、「どんなときもニコニコ」すると決めたの
です。
そして、私の残った体で人に喜んでいただけることはないか、お役に立てることはないかと考え、そこからハガキ絵が生まれ、声がかかると「ハイ、喜んで!」と講演会にも出かけるようになりました。そのときには、やはり「顔」が勝負です。第一印象がよくないと話を聴いてもらえませんから、「一番いい顔」で行くようになりました。
また、運転でもなんでも、自分でできることは全部やる、素敵だなと思う人がいれば、自分からそばに行って、握手をする(触る)ことにしました。すると、知らない人からも「がんばってね!」と応援されるようになり、お礼の代わりに似顔絵を描くようになりました。それから手を止めたことは一度もありません。
手を切って5年目には、「10年以内に美術館をつくる」と夢を宣言しました。なぜ美術館だったのかは、私にもわかりません。自分の意思でそうしようと思ったのではなく、何かの力が働いて、美術館をつくるようになっていたんだろうと思います。
ここで、これから夢の家づくりをしようとお考えのみなさんに伝えたいのは、玉石混交、さまざまな情報がある中で、「これはいい」と思ったら、できるだけ自分の目で見て、触りに行くことです。材料はいい、人はいい、あとは自信を持って「私が選びました」と言えるかどうかで、一生後悔しない家づくりができると思います。
そのときには、ぜひ「一番いい顔」で。言い訳なしの人生は、自分からノリをよくして、まわりを味方にするところから始まります。

 

●大野勝彦1

 

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